コンピュータという工業製品の使いやすさの追求がアイコンやマウスを生むと、コンピュータは誰にでも使いやすい道具に変貌した。
前回の記事「便利な工業デザインの落とし穴」では主に『能力(使いやすさ)』の側面を解説した。本記事では『動機(深層心理に潜む嗜好)』を暴く技術を解説する。
コンピュータが使いやすい道具に変貌した後に、インターネットを通じてコンピュータ利用者の「心」を測定できる「デジタル心理学革命」が起きると、人々は瞬く間にネット社会への『病みつき』(依存症)に陥った。
本記事では、ネット社会に横たわる諸問題の背景にある『デジタル心理学革命』を考察する。
| ネット社会が暴く心の闇と、その克服シリーズ② | デジタル心理学革命 -便利だが危険なネット社会 | 松浦 公政 | 2026年 | |
| こんな方へ | デジタル心理学革命に興味がある方 | |||
| 心理的プロファイリング(個人の性格を類型化する5種の評価軸)に興味がある方 | ||||
| 「いいね!」ボタンが個人の性格を暴露するメカニズムに興味がある方 | ||||
記事の音声解説付き(下のプレイボタンで解説開始)
デジタル心理学革命:知らぬ間に「心」を測定する技術
コンピュータの通信技術の進歩が心理学に革命を起こした
人間は自分の本性を隠したがるため、個人の性格や心理状態を把握するには、心理学者が対面でカウンセリングしたり、数百の設問に答える膨大なアンケート調査(サイコメトリクス:心理統計学)が必要だった。この方法は被験者数を容易には増やせないため、少ない性格データに基づく統計分析を余儀なくされた。一般的に統計処理は、分析するデータ件数が少ないと、分析結果の信頼度が低い。
このため ⇩
心理学は「統計分析できそうな件数の性格データ収集が困難なので、人間の性格を高精度で把握できない」と考えていた。
しかし ⇩
インターネット通信を技術基盤として「ビッグデータ」と「AI」が融合すると、心理統計学の調査手法に激変が起きた。
激変した調査手法・技術は「デジタル・サイコメトリクス」と呼ばれ、人間の心を研究する心理学に革命が起きた。

日ごろのスマートフォンやパソコンで「ネットを利用」する際に、利用者が無意識に残す「足跡」を分析して心理特性を計測する手法がデジタル・サイコメトリクスだ。
| 分析対象の足跡例 |
などの「操作癖の記録」 |

デジタル・サイコメトリクスの最大の特徴は、被験者が「テストを受けている」という自覚がないまま、その心理特性が勝手に調査されている点。
秘密の性格を見抜く「性格診断テスト」の発展
心理的プロファイリング:個人の性格を類型化する5種の評価軸
ルイス・ゴールドバーグは、人間の性格は全て言語で表現できるという「語彙仮説」に基づいて、性格を表わす単語(形容詞や副詞など)を、同じような意味を持つグループに分類する研究に取り組んだ。
研究の結果 ⇩
ゴールドバーグは、人間の性格が5種類の大きな因子に集約できるという「5因子モデル」を1990年に提唱し、5種の性格因子を「ビッグファイブ(Big Five personality traits)」と名付けた。
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5因子モデルは、人間の行動傾向を表す形容詞や副詞(例:厳しい、おとなしい、うっかり、・・・)を、「意味が近い単語」でまとめてグループ分け(分類)する。意味で分類すると行動傾向を表す単語は5種類に集約でき、ゴールドバーグは各グループの名前を「開放性」「誠実性」「外向性」「協調性」「神経症傾向」とした。
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ビッグファイブ因子と行動の関係
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ロバート・マクレーとポール・コスタは、5因子モデルを発展させ、性格検査ツール「NEO-PI-R」を開発して、5因子モデルという理論を、具体的に個人の性格を判定可能な実用段階へ押し上げた。
| 日本語版NEO-PI-R | 販売者:心理検査専門所 質問項目:240項目 所要時間:約30~40分 |
NEO-PI-R は、5種の因子の得点(100点満点)が、50点以上なら「強」、50点未満なら「弱」と判定する。
240項目を回答した被験者の性格特性は、たとえば次のように出力される。
| 被験者名 | 開放性 | 誠実性 | 外向性 | 協調性 | 神経症傾向 |
|---|---|---|---|---|---|
| ○○○○ | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 強 |
この出力に基づくと、被験者の性格を自然言語でも表現できる。
| ○○○○の性格 | あなたは責任感が強く、他人とは協調しようと思うタイプです。しかし、緊張しやすいので、他人との関わりは避けたい方です。また、新しい挑戦や冒険より、現状を維持して安定を好むタイプです。 |
NEO-PI-R は、人間の性格や行動傾向を見抜く画期的な性格検査ツールだ。
ただし ⇩
30分以上の所要時間が必要なほど質問項目が多いため、残念ながら気軽に使える代物ではない。
「いいね!」ボタンが個人の性格を暴露
SNSの「いいね!」ボタン押しやインターネット通販利用で、性格が丸見え
インターネット利用の普及で、利用者の購入履歴のデータや、記事や投稿へ利用者が高評価/低評価ボタンを押した履歴データを簡単に集められるようになった。
| 通販サイトやSNSを運営する会社は、履歴データを参考に利用者が欲しがりそうな商品や情報を推定した。 | ||
| 通販サイトの運営会社 | SNSの運営会社 | |
|---|---|---|
| 推奨機能 |
利用者の購入履歴から、次のおススメ商品を案内。 |
利用者の購読履歴や、高評価/低評価ボタンを押した履歴から、次のおススメ記事を案内。 |
| ⇩ | ⇩ | |
| 推奨した効果 | 推奨した商品やサービスの売上が伸びた。 | 推奨した投稿の閲覧数が上がって広告収入(=SNS運営会社の主要な収入源)が伸びた。 |
| 購入履歴などの足跡データを分析して好みを把握すると、利用者ごとに提供する情報を操作できる。 | ||
利用者の嗜好に合わせて興味ありそうな情報を提供すると ⇩
| 購買意欲を喚起して利用者の行動を誘導でき、通販やSNSの運営会社は利益が増える。 |
心理学者が、SNSの足跡データから容易に性格を把握できることを実証
心理学者ミハウ・コジンスキーは、SNS参加者の足跡データを使えば、個人の性格を調査できそうだと思い付いた。
当時フェイスブックは、個人情報の「プロフィールデータ」「足跡データ」を、本人の許可があれば他人も参照できた。
| プロフィールデータの情報 | 年齢、性別、教育歴、職業、居住地域、ネット上の友達登録数 など |
|---|---|
| 足跡データの情報 | 「いいね!」を押した対象、他人の投稿への反応頻度、自分の投稿内容 など |
ケンブリッジ大学の研究チーム(コジンスキーら)は、「myPersonality」というアプリを開発してフェイスブック上で2007年に公開し、「無料で自分の性格を精密に診断できる」を売り文句に利用者を募集した。
myPersonality は、NEO-PI-R 相当の性格検査ツールを内蔵しており、240の設問に答える作業は面倒だった。
だが ⇩
「無料診断」の効果は絶大で、2007年から2012年の間に、世界中で600万人以上が myPersonality を利用した。
この結果 ⇩
従来の心理学では計測が大変な「開放性」「誠実性」「外向性」「協調性」「神経症傾向」の5因子の性格情報を、コジンスキーは myPersonality を使って600万人分以上の5因子の性格情報を手に入れた。
240の設問に答え終わると、myPersonality は「プロフィールデータと行動ログ(例:『いいね!』ボタンを押した足跡)データ」へのアクセス許可を求めた。 600万人以上の利用者のうち ⇩ 400万人以上の利用者が「詳細な診断結果を無料で得られる」との報酬と引き換えに自分のプロフィールデータと足跡データへのアクセスに同意した。
この結果 ⇩ 400万件以上の被験者の「5因子の『性格特性』と『プロフィール・ネット上の足跡』との対応関係」が得られた。 400万件もの対応関係が持つ統計学的価値とは ⇩ 性格からその人の行動傾向の相関関係を統計的に分析する上で、十分すぎる量の「ビッグデータ」を獲得したことを意味する。 |
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性格情報のビッグデータを相関分析すると ⇩
| 「いいね!」ボタンを押した数 | 特定する傾向の精度 | ||
|---|---|---|---|
| 人種 | 性的志向 | 支持政党 | |
| 数十個 | 95% | 88% | 85% |
「いいね!」をたくさん押すフェイスブック利用者ほど、友人、親兄弟、パートナが見た性格予測(利用者が性格診断テストにどう回答するかの予測)より精度高く予測できた。
| 「いいね!」ボタンを押した数 | 関係 | 考察 | ||
|---|---|---|---|---|
|
友人
|
親兄弟
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パートナー
|
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70個
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×
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○
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○
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○は、他者(人間)の方が精度が高く予測できることを表す。
「いいね!」を300か所(記事)で押した利用者は、性格が丸裸になっている。 |
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150個
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×
|
×
|
○
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|
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300個
|
×
|
×
|
×
|
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性格を暴露した先に起きた現実
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性格が分かれば、その人がどんなことで怒り、怖がり、やる気を起こし、寂しくなるかに基づくメッセージを容易に作成できる。 |
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| 通販サイトの運営会社の観点で見ると、個人の性格やニーズに基づいて急所を突く広告を発信でき、「必要ない人(=買う見込みがない人)」への広告を減らせば、広告コストを下げられる。 | |
SNS運営会社や通販サイトに、利用者の性格特性や行動傾向の把握に必要十分なデータが集まっている事実は、ネット側から利用者をコントロールできる可能性を示す。
SNS運営会社や通販サイトは、利用者の利便性を考え、利用者のネット上の足跡を分析したデータを使って、利用者が受け入れやすい情報を提供する。これは利用者の立場で考える「利用者ファースト」の思想で、それ自体は悪いことではない。
だが ⇩
利用者の興味や嗜好に忠実すぎる結果、SNS運営会社や通販サイトは、利用者の好みに沿って「偏った情報」ばかり提供する。
特に心理の弱点を衝いた情報(例:毛髪の薄い人向けの養毛技術・商品、 孤独を感じる人に共感する文言 など)を提示されると、人間は、受け入れやすく、信じやすい。
甘美な情報提供が続くと ⇩
大半の利用者は、ネット社会から抜け出せない『病みつき』(ネット依存症)に容易に陥る。

その一方で ⇩
SNS運営会社や通販サイトは、「利用者ファースト」の美名のもとで、利益増大に励んでいる。もし利用者の興味や嗜好への忠実さを優先すると、その真実性を問わずに情報を提供するリスクもある。
まとめ:ネット社会への『病みつき』の温床
コジンスキーの論文が発表されると、フェイスブックは個人のプロフィール情報・足跡情報の公開を停止した。
└ 一方でフェイスブック社は、コジンスキーに圧力をかけたという報道もある。
この結果、第三者がフェイスブック利用者の個人情報を知る方法は閉ざされたが、当然ながらフェイスブック(他のSNS運営会社も同様に)社内では利用者個々の性格・行動傾向を把握していると考えるのが自然だ。
なお本記事の情報は過去の事例であり、現在はSNSの規制を強化したと発表はされている。
そうであっても、ネット利用者が無意識に残す『足跡』が持つ意味とリスクを理解しておくことは、ネット社会を賢く利用したい人には重要な心構えだ。
次回の記事では「ネット社会のハンター」を考察します。
シリーズ総合目次は、ここをクリック。
| 参考文献類 | ||
|---|---|---|
| 作者 | タイトル | 発刊/制作年 |
| Goldberg, L. R. | “An alternative ‘description of personality’: The Big-Five factor structure.” | 1990 |
| Costa, P. T., & McCrae, R. R. | Revised NEO Personality Inventory (NEO-PI-R) and NEO Five-Factor Inventory (NEO-FFI) professional manual | 1992 |
| Kosinski, M., Stillwell, D., & Graepel, T. | “Private traits and attributes are predictable from digital records of human behavior.” | 2013 |


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